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本ページは過去のセンター長によるものです。
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2011 年 2 月 ~ 2020 年 3 月

過去のごあいさつ

宮野 悟

ゲノム医療の推進


これがヒトゲノム解析センターのミッションです。そのために、ヒトゲノム解析センターには、ゲノムシークエンス解析、バイオインフォマティクス、ELSI(倫理的、法律的、社会的課題)を専門とする研究者が集結しています。加えて、生命科学分野に特化したものとしては我が国で最大規模のスーパーコンピュータ SHIROKANE が稼働し、世界最先端の研究成果を次々にだしています。たとえば、2016 年には「がんが免疫系から逃れる仕組み」のひとつを、全ゲノムシークエンスを解析することにより解明しました。 1 万人以上の患者さんのデータを解析することにより、免疫チェックポイント阻害剤が効くがん患者さんがある程度わかるようになろうとしています (Kataoka K, Shiraishi Y et al.. Aberrant PD-L1 expression through 3'-UTR disruption in multiple cancers. Nature. 534(7607):402-406, 2016)。

だれもが自分のゲノム情報を利用できる時代が到来、そしてがんのゲノム医療の実現


2017 年現在、自分のゲノムを決めるために必要なデータを得るためのコストは 1000 ドルになっています。もうすぐ、100 ドルを切ります。こうした中、がん患者さんの全ゲノム情報をシークエンスし、臨床的に翻訳・解釈して患者さんに返すこと、すなわち「臨床シークエンス」を実現しています。これはヒトゲノム解析センターだけでできることではなく、患者さんの協力のもと、医科研附属病院、先端医療研究センター、ヘルスインテリジェンスセンターの合同チームで行っている日本最先端のプロジェクトです。もちろん、SHIROKANE はその中心的な役割をはたしています。

スパコンと人工知能はがんのゲノム医療には不可欠のシステム


みなさんの一つ一つの細胞には、 DNA の言葉、 ATCG でつづられた 30 億文字からなる設計図が入っています。この設計図を読みながら私たちは一つの受精卵から数十兆個の細胞からなるこの体を形成します。細胞分裂の際に複製される DNA の長さを合計すると、小惑星イトカワに行って帰ってきた「はやぶさ」旅の長さの少なくとも 12 回分にもなります。がんはこの DNA に様々な要因で変異が入り修復できずにシステムが暴走してしまっている病気です。変異とは、本に例えれば、文字が書きかわったり、消えたり、ページごと破られたりすることです。乱丁もあります。その結果、生命のストーリーは変わり、免疫系をかわす術を獲得し、抗がん剤に対して薬剤耐性を獲得するなど、身体という空間で進化する多様性もった細胞集団です。

このがんに対して医師達が人工知能ワトソンとスーパーコンピュータで戦っているのが東大医科研臨床シークエンス研究チームです。

かつて国際ヒトゲノム計画は 13 年かけて 30 億文字からなるヒトゲノムの DNA 配列を決めました。現在では、私ひとりの全 DNA 配列を決めるために必要なシークエンスデータを数日で得ることがでます。ただ、このデータは、例えて言えば、 30 億文字が印刷された書類のコピー 30 部をシュレッダーにかけた時に出てくる、 100 文字ほどの長さに切り刻まれた紙断片の山です。これからジグソーパズルを解くようにもとの DNA を推定し、どこにどんな変異があるかを暴き出すために SHIROKANE が活躍しています。

患者さんひとりひとりのがんの理解は、まずこの DNA ジグソーパズル解きに始まります。Genomon というソフトウェアがこれを行っています。その結果、がんの原因になっているかもしれない DNA の変異は、一人の患者さんで数百から数百万個見つかってきます。

ここからワトソンの出番です。私たちのワトソンは、 2,600 万以上の医学・生命科学の論文の要約、これまでに見つかっているがんの変異情報 (400 万以上あります)、生命科学がこれまでに解明してきた生体分子のネットワーク、薬剤の特許情報、臨床試験情報など、ビッグデータを学習しています。自然言語の英語が読めるのです。アニメの攻殻機動隊の「タチコマ」が「アルジャーノンに花束を」を読んでいたようなものです (21 分 30 秒あたり)。ロボットは読めますが、人類でこれらのデータ全部に目を通した人はいません。このワトソンに変異情報をアップロードすると、 10 分ほどで原因遺伝子と薬の候補を根拠とともに提示します。医師は、提示された根拠のリンクをクリックしながら専門知識に基づいて独自にレビューし、原因遺伝子はどれか、どの薬がつかえそうか、そうでないかを判断し、患者さんの治療方針に使えないかを考えます。診断は医師が責任をもってするもので、ワトソンの提示を鵜呑みにすることはありません。

このプロセスをワトソンなしで専門医がすると百程度の候補変異でも、 2 週間以上かかってしまいます。それが、ワトソンの支援によりレビューも含めて 1 日ほどで可能になりました。しかし、何も見つからないことが多く、ビッグデータといいながら、ひとりの患者さんの病態を理解するには基礎となるデータと知識、薬があまりにも不足しているというのが現実です。人工知能による支援で、少なくともがんの進行スピードに勝てたとはいえるかもしれません。

ワトソンは「人工知能」というよりも「人智の増強」といったほうがよいと思います。ワトソンが医師の人智を増強することで、近未来のがん医療を変えると考えています。

個別化ゲノム医療のドアをノックすると、開いたドアの向こうに広がる世界に大きな期待を寄せることができる時代に私たちはやってきました。
 

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